Vol.73「君たちはどう生きるか」

書籍名:君たちはどう生きるか
著者:吉野源三郎
リンク: http://amzn.asia/4K8ix6F

ー書籍からー
■「ありがとう」という言葉の意味
自分の受けている幸せが、めったにあることじゃあないと思えばこそ、われわれは、それに感謝する気持ちになる。それで、「ありがたい」という言葉が、「感謝すべきことだ」という意味になり、「ありがとう」といえば、お礼の心持ちを表すことになったんだ。

 
■苦痛の効用
僕たちは人間として生きてゆく途中で、子供は子供なりに、また大人は大人なりに、いろいろ悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会う。
 
もちろん、それは誰にとっても、決して望ましいことではない。しかし、こうして悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会うおかげで、僕たちは、本来人間がどういうものであるか、ということを知るんだ
 
健康で、からだになんの故障も感じなければ、僕たちは、心臓とか胃とか腸とか、いろいろな内蔵がからだの中にあって、平生大事な役割を務めてくれるのに、それを殆ど忘れて暮らしている。
 
ところが、からだに故障ができて、動悸がはげしくなるとか、おなかが痛み出すとかすると、はじめて僕たちは、自分の内臓のことを考え、からだに故障のできたことを知る。からだに痛みを感じたり苦しくなったりするのは、故障ができたからだけど、逆に、僕たちがそれに気づくのは、苦痛のおかでなのだ
 
■人間の本来
人間が本来、人間同士調和して生きてゆくべきものでないならば、どうして人間は自分たちの不調和を苦しいものと感じることができよう。お互いに愛し合い、お互いに好意をつくしあって生きてゆくべきものなのに、憎み合ったり、敵対しあったりしなければいられないから、人間はそのことを不幸と感じ、そのために苦しむのだ。
 
人間が、こういう不幸を感じたり、こういう苦痛を覚えたりするということは、人間がもともと、憎み合ったり敵対しあってたりすべきものではないからだ。
 
およそ人間が自分をみじめだと思い、それらをつらく感じるということは、人間が本来そんなみじめなものであってはならないからなんだ。
 
■人間だからこその過ち
人間の本当の人間らしさを僕たちに知らせてくれるものは、同じ苦痛の中で、人間だけが感じる人間らしい苦痛なんだ。
 
からだが傷ついているのでもなく、からだが飢えているのでものなく、しかも傷つき飢え渇くということが人間にはある。
 
自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったという意識だ。自分の行動を振り返ってみて、損得からではななく、道義の心から、「しまった」と考えるほどつらいことは、恐らく他にはないだろうと思う。
 
しかし、僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。だから、あやまりから立ち直ることもできるのだ。
 
 
ーここからー
多分この本が大ヒットした理由は、この本が一人ひとりに何かしら突き刺さるメッセージがあったからではないでしょうか。この本を読んだ友人の数人に話をきいたら、全員、印象に残っている箇所が違っていました。(へぇー)
 
その人の置かれている環境や境遇等でも変わるのでしょうね。そして、不変的なことが書かれているいるからでしょう。だから、時間を超えて現代の我々にもなにかしらの気づきを与えてくれているんだと感じました。